『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』書評の試し書き

数学ガール/ゲーデルの不完全性定理 (数学ガールシリーズ 3)

数学ガール/ゲーデルの不完全性定理 (数学ガールシリーズ 3)

本書は、数学の定理の解説としてはきわめてまっとうな、ゲーデル不完全性定理の解説本である。普通なら、まっとうであることは評価の最低基準であって、それだけで高評価になるものではない。しかし、不完全性定理に関してはそうはいえない特殊事情がある。ちまたにあふれる不完全性定理に関わる言説にはまっとうでないものがあまりにも多い。そのため、不完全性定理の解説本はまっとうであるだけで高評価を得てしまう。

まっとうであるために第一に必要なことは、内容に初歩的な間違いがないことである。当たり前のことだが、その当たり前が実現できていない不完全性定理本は多い。肝心の「不完全」の定義を間違えているものすら珍しくない。その点、本書は正しく記述しているのみならず、ちまたによくある濫用を批判し、言葉の辞書的意味に引きずられるなと釘を刺している。

不完全性定理は数理論理学の基本定理の一つである。基本定理は、それを使って様々な定理を導くことができるから基本定理である。したがって、不完全性定理のちゃんとした解説は不完全性定理を導いておしまいではいけない。不完全性定理がどのように有用であるかまで解説しないと不十分である。本書には、第二不完全性定理を体系の強弱を調べるのに使うことができることの解説がある。

ここまでは他にダメなもの多数の中で数少ないまともな本だからすばらしいという話ばかりだったので、他の数少ない良書と比べても優れている点についても語ろう。

本書では、不完全性定理そのものの解説は最後の章で一気に行われていて、その直前の章までは、かならずしも不完全性定理に直結しない数学の話題が続く構成になっている。その結果、不完全性定理が数学の定理であるという当然のことが読者に印象づけられる。これは、不完全性定理の似非哲学的な曲解へのブレーキとして機能するだろう。話題の選択は普通の解説書のスタイルで行うと不自然なものなのだが、小説なので自然に感じられるものになっている。テトラちゃんとユーリの役割分担もうまく働いている。

良書を世に出した著者と関係者に感謝したい。

2009年12月14日追記:本業のページの書評欄に加筆修正の上で転載しました。ここは、このままにしておきます。